2025年2月16日日曜日

2月読書会(2.8)

2月読書会メモ

日時:2月8日(土)13:30〜16:00

会場:社会貢献活動室 

参加:5名

テキスト:4章 文学と社会学の間 p123~133

 <女たちの「処女生殖」の夢〜

    川上未映子が越えた深淵

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<女たちの「処女生殖」の夢〜川上未映子が越えた深淵 「夏物語」

「『女のライフイベントで出産にまさる重大イベントはない』と高い頻度で挙げられるが、出産をした女性の表現者が自分のその経験をきちんと言語化しようとしないことを不審に思っていた(上野)」 

「作者はこの作品で生むことの自己決定は何かについて問う。」


 Q 「果たして自分にとって出産が一番のライフイベントだったか?」という質問がでたが、この日の参加した皆さんはそうでもないという答えだった。

 a  自分にとっては痛みの強さが壮絶なものだった。お産前の痛みに耐えかねた出産直前の入院中の同室の人が ”お産もう止める〜!” と叫んだ話には、”それは無理、止められない”と、同感。

 a「出産は大きなイベントだったと思うが、そこまでではなかった」・・・


<印象に残るフレーズ>

「生まれることに自己決定はなく生むことには自己決定がある。その間の暗渠をどう越してきたのか、その選択をしたのか・・。私はその暗渠で立ちすくんだ女だ」p 123 8

「子どもは『授かるもの』から『つくるもの』に変わり、そこに生殖技術が介入し『子どもは努力してつくるもの』に変わった。」p124

「暗渠の前で立ちすくむ女たちに、母になった女たちは、いったいどんなメッ

  セージを送るのだろうか?」p127  ←重い問い。


「・・何にも替えられないわたしの人生において、これ以上のできごとはない、存在はない」p126 1 子どもを産んだ遊佐の言葉。(手放しの母性讃歌←上野)

「子どものことを考えて、子どもを生むんだ親なんて、この世界に一人もいない」p126 10 性虐待を受けた善の言葉。(生むことのエゴイズムを←上野)

  

子どもを生むことを巡る両極端な二人を描いているが、子どもを”作る”ことになった(を選択する)時代の苦しさなんだろうか? 作者川上に向ける上野のまなざしと期待を感じた。


母性賛美の罠 父の不在と母の過剰(p128〜)


「とりかえしのつかないあやまちは?」と問われ「子どもをつくること」と答えた埴谷雄高(はにやゆたか)。戦後最大のニヒリストと言われた。 埴谷の参考url → https://1000ya.isis.ne.jp/0932.html 


「 出産を後悔する女性がいても不思議はないが、女性が母になったとたん、「母になって後悔している」という感情は封印される。そのないこととされたタブーにいどんだのがこの著書である。」

「母親になって後悔してる」ドーナト2022


「他方、男は簡単に父になったことを後悔し、なかったことにしようと逃げることに全力を尽くす。そういう男に社会はおそろしく寛容だ。」

  ←本当に逃げる。

 ←日本の現行制度は逃すことになってしまう。

「ド ーストの研究が貴重なのは、女性が「自分の思考、感情、想像力の所有者」すなわち人生の主体であるべきだからだ。

「母親になって後悔する」感情を社会が許さないのは「母たちが他者のために存在であることに依存する社会にとって、彼女たちがそこに留まらないことは、あまりにも恐ろしいことだからである。」


補遺 産むこと・産まないこと

カールマルクスは、「生殖を他人を作ること」と喝破した。人間が人間を作るという事実に私は畏れを感じすぎた。


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次回の読書会 は:

3月15日(土)13:30~16:00

つくば市コリドイオ 地域貢献活動室

テキスト:文学を社会学する」p134〜


2025年1月20日月曜日

2025年1月読書会(1.18)


テキスト:文学を社会学する  4 文学と社会学のあいだ

    p117〜122 酒井順子「東アジア儒教圏の負け犬たち」 

・新年初の読書会なのに、私は遅れてしまった。6人で少しゆるくテキストの音読はあまり進まなかった。

・たった6ページだけ読んだ。とても面白く話が広がったのかもしれない。

・儒教圏の韓国・中国・日本の比較というよりもソウル、上海、東京での比較調査だったようだが、なかなか面白そうで是非、本文を読みたくなった。

・酒井の言う「負け犬」の(漢字の)訳語が面白い。韓国「老処女」、中国「余女〜少し前までは大齢女性」。台湾では「敗犬女王」。

・日本は中国からきた儒教をタテマエとホンネを平然と使い分けてきたことが過去の記録などでも分かっている

・データが示す「要求力も拒否力も低かった東京負け犬」が見えるようだ。


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次回のお知らせ:

日時:2025年2月8日(土)13:30〜16:00

コリドイオ 社会貢献支援室

テキスト:「文学を社会学する」p123〜「女たちの処女生殖の夢」



10月読書会(10/12)文学を社会学する

 10月12日 p 69〜p 84まで

「極道の妻から弁護士へ」

「なんで昔にもどれましょう」

「喪失のあとに」〜上野千鶴子の率直な深井喪失感が伝わった

(参考に)https://fujinkoron.jp/articles/-/9616?display=full


文学を社会学する(11月読書会:11/19 カフェサッフォー)12月

 久しぶりにカフェサッフォーでの読書会だった。

11/19(土)13:30〜 

・テキストp85〜 男はどう生きるのか? (p102)

・「すれっからしの京都人の美人論」


・「なぜ魔女キキは13歳なのか?」


    ・立志式



12/14 (土)13:30〜   社会活動貢献室

p103〜 「モテたい男の勘違い」(〜 p 116まで) 




「男なのにフェミニストです」

Human Acts

Arundhati Roy "Listening to Grasshoppers"

  field notes on democracy

"Good morning Call"

ハムラビ 

Tropyh girl friend 

lookism

"Be real" apuri  どう写るか

Coin challenge

A4 challenge





2024年10月29日火曜日

 読書会9月21日 p54〜67

ニキ ド サンファルの自伝

11歳でパパの愛人に

作品の制作で彼女は回復して父を許すまで

2024年6月4日火曜日

ナトコ映画

 皆で「公民館」をみた。

私はナトコ映画という存在を知り、軽くショックだった。本当に日本も7年間植民地だったと改めて知った気がした。私が子供の時からみてたアメリカの浦ホームドラマも全て豊かなアメリカを示し日本人が憧れる国として認識する道具だったのか?と。

その読書会で最近、沖縄を訪れた人がいて沖縄の話題になった。

彼女が沖縄に行った時にひどく驚いたのが、ひめゆりの塔が見えるくらいのところまで観光バスが行きながら、ガイドさんがあの向こうにあるのがひめゆりの塔ですとアナウンスだけして立ち寄らなかったことだった。

それを聞いた一人が、「ひょっとすると例えばHISの沖縄ツワーでも多くの場合、訪れる場所にそこはないのではないかもしれない」という指摘だった。そうかもしれない。救いは、平和学習で訪れた子供がちがひめりにも寄り学習活動をしてきた話だった。

しかしこうして沖縄の悲しい歴史も忘れ去られ、トロピカルな美しい海、自然、美味しい食べ物として認識されていくのかなと思った。東京も含めて日本の多くの地域が1952年までの7年間、GHQに統治されていたことが忘れされように沖縄が1972年まで統治されていたことを知る人が少なくなっていくんだろうか?と美味しい珍崇高をいただきながら思った。


2024年5月21日火曜日

子育てとフェミニズム

 子育て支援関係の委員会に参加したり、子育て支援をしている人たちの活動などにも関わっている。

「子育て」やその支援について色々な話を聞くことがある。

子育て支援に消極的に関わっているのではなく、時には仕事として、時には自分が飛び込むことになったネットワークでもそこでずっと長く感じている違和感がある。


きっともう20年近く抱えている。それは微妙な感覚で黒か白という風に自分の中でも断じることができないものだ。


いつも感じる違和感〜例えば

① ある忘年会で聞いた話:保育園も利用者の争奪戦が始まっているところもあり、Aさんが働いている保育園では土曜の保育も行われている。それに対して「仕事じゃないのに預けている」と裏で非難する保育園のスタッフの話。

母親は苦しんみながら苦行のように子育てを一身に背負わなかえればならないのか?と女性もそう言うのかと愕然とする。

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ケアの倫理(岡野八代)