2月読書会メモ
日時:2月8日(土)13:30〜16:00
会場:社会貢献活動室
参加:5名
テキスト:4章 文学と社会学の間 p123~133
<女たちの「処女生殖」の夢〜
川上未映子が越えた深淵
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<女たちの「処女生殖」の夢〜川上未映子が越えた深淵 「夏物語」
「『女のライフイベントで出産にまさる重大イベントはない』と高い頻度で挙げられるが、出産をした女性の表現者が自分のその経験をきちんと言語化しようとしないことを不審に思っていた(上野)」
「作者はこの作品で生むことの自己決定は何かについて問う。」
Q 「果たして自分にとって出産が一番のライフイベントだったか?」という質問がでたが、この日の参加した皆さんはそうでもないという答えだった。
a 自分にとっては痛みの強さが壮絶なものだった。お産前の痛みに耐えかねた出産直前の入院中の同室の人が ”お産もう止める〜!” と叫んだ話には、”それは無理、止められない”と、同感。
a「出産は大きなイベントだったと思うが、そこまでではなかった」・・・
<印象に残るフレーズ>
「生まれることに自己決定はなく生むことには自己決定がある。その間の暗渠をどう越してきたのか、その選択をしたのか・・。私はその暗渠で立ちすくんだ女だ」p 123 8
「子どもは『授かるもの』から『つくるもの』に変わり、そこに生殖技術が介入し『子どもは努力してつくるもの』に変わった。」p124
「暗渠の前で立ちすくむ女たちに、母になった女たちは、いったいどんなメッ
セージを送るのだろうか?」p127 ←重い問い。
「・・何にも替えられないわたしの人生において、これ以上のできごとはない、存在はない」p126 1 子どもを産んだ遊佐の言葉。(手放しの母性讃歌←上野)
「子どものことを考えて、子どもを生むんだ親なんて、この世界に一人もいない」p126 10 性虐待を受けた善の言葉。(生むことのエゴイズムを←上野)
*子どもを生むことを巡る両極端な二人を描いているが、子どもを”作る”ことになった(を選択する)時代の苦しさなんだろうか? 作者川上に向ける上野のまなざしと期待を感じた。
母性賛美の罠 父の不在と母の過剰(p128〜)
「とりかえしのつかないあやまちは?」と問われ「子どもをつくること」と答えた埴谷雄高(はにやゆたか)。戦後最大のニヒリストと言われた。 埴谷の参考url → https://1000ya.isis.ne.jp/0932.html
「 出産を後悔する女性がいても不思議はないが、女性が母になったとたん、「母になって後悔している」という感情は封印される。そのないこととされたタブーにいどんだのがこの著書である。」
「母親になって後悔してる」ドーナト2022
「他方、男は簡単に父になったことを後悔し、なかったことにしようと逃げることに全力を尽くす。そういう男に社会はおそろしく寛容だ。」
←本当に逃げる。
←日本の現行制度は逃すことになってしまう。
「ド ーストの研究が貴重なのは、女性が「自分の思考、感情、想像力の所有者」すなわち人生の主体であるべきだからだ。
「母親になって後悔する」感情を社会が許さないのは「母たちが他者のために存在であることに依存する社会にとって、彼女たちがそこに留まらないことは、あまりにも恐ろしいことだからである。」
補遺 産むこと・産まないこと
カールマルクスは、「生殖を他人を作ること」と喝破した。人間が人間を作るという事実に私は畏れを感じすぎた。
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次回の読書会 は:
3月15日(土)13:30~16:00
つくば市コリドイオ 地域貢献活動室
テキスト:文学を社会学する」p134〜