2023年9月28日木曜日

9月の読書会(2023/9/18) 第3波フェミニズム と揺り戻し

9月18日(祝月)読書会 @市民活動センター

5章 第3波フェミニズム と揺り戻し(テキストp 68〜p77,2行目まで)

 ガーリーって何?

 人によって共通のイメージが見つけにくい言葉かな〜
 最近、あまり聞くことがないような気がする
 「女の子」という表現

 女性たちによる自らの欲望の解放

・ポップカルチャー、ガールズバンド、

・サブカルに進出、コミケ、BL(ボーイズラブ小説)、「腐女子」、ライトノベル、

  BL小説とAlly(アライ)小説 https://www.asahi.com/sdgs/article/15006745

  百合漫画:NHKドラマで「作りたい女。食べたい女」など

・ 女性が性の主体になれない?

・ トークニズム、https://honz.jp/articles/-/46128

・ オードリーロード( Audre Lorde、1934年2月18日 - 1992年11月17日)、

  アメリカ合衆国の作家、詩人、フェミニスト、人権活動家)

LGBTQAX?← この表現はあまり見ないものでは?  non-binary

クイアセオリーとは?

Judith  Batler ”gender  trouble”

 日本での女性の表現者

ターリ・イトー アーティスト

長島有里枝 女性写真家「視点的写真の意味」 (ピープル バックストアに在か?)

Q 日本での愛3波ってどうだったの? いつ? 

Q ジェンダーバッシング、バックラッシュとは?

        ジェンダー本の撤去、

  2009~2010 ? 自治体や図書館でもジェンダー本の撤去や言葉の規制

生理貧困、  https://eleminist.com/article/2874

ピルについても・・・

国家・企業・家族 ⇄  市場 


p8「現代の小s度あて支援の重要性」奥山真紀子
:上野千鶴子が「家父長制と資本制」で明らかにしたように近代社会では市場が中心となり、自然は市場社会に資源を提供し、老廃物を引き受ける。同時に家族はこどもを育てて市場に労働力を提供し、老いや怪我。病気により市場で働けなくなったものを引き受ける役割が期待されている。



官制婚活イベントは実際、どうだったのか?2023/9/10







2023年9月25日月曜日

テキスト「家父長制と資本制」から「フェミニズム をひらいた道」へ

2023年2月12日「家父長制と資本制」最終日 @市民活動センター

*2020年2月から丸三年かかってついに読み終えた。読み終えたことがひどく嬉しかった。使われている言葉の意味から始まり、また引用文献も多く、読むだけでも随分、時間がかかったが、かなり読み応えはあった。社会の仕組みやその理由を理解できたような気がした。完読直後は資本制をすっかり理解できた様にさえ感じた。

新しいテキスト:”フェミニズムがひらいた道” 何が変わり何が変わらなかったか。


①3/11 新テキスト ”フェミニズム を拓いた道”  初日 @市民活動センター

②4/8   ③5/8   ④6/10 @(移動前の)市民活動センター

⑤7/8  @(カピオ横に移動後の)市民活動センター


8/26 @ブックカフェ”サッフォー” 初会場

  * 報告会”男女共同参画条例制定にまつわる(1996~2004頃)も実施

  第4章「女性学の登場」〜ガーリーカルチャーの騒乱
   ・女性学とは何か?組織とは?
   ・男女雇用機会均等法(1985)
   ・労働者派遣事業法(1985)
   ・紳士服仕立ての法律、女性の分断
  *均等法以前に就職した場合は、当然の様に男女賃金差別があり、均等法後に就職した場
  合は表面的には平等があったように見えた。

⑦ 9/18(祝月)@(カピオ横に移動後の)市民活動センター


2023年9月23日土曜日

8月と9月の読書会の間に起きた出来事

 それは官製婚活の案内から!

チラシには

再婚女性&シングルマザー理解者限定婚活パーティー」
参加条件として男性は「30~40代」「年収500万円以上」
女性は「再婚希望者」「シングルマザー」とあった。

こんな趣旨文が記載されていた! そして ”ベビーファースト運動”って?

「こどもを産み育てやすい社会を推進するためには、男女が出会い結婚して子どもを作らないといけない。出会いを求めていただき再婚することにより、経済的にも恵まれ、最終的には、新たにこどもを産むこと、育てることがしやすくなります」

後援、協力ってなんだろう?

イベントは茨城県などが設立した一般社団法人「いばらき出会いサポートセンター」が後援し、つくば市こども政策課も「協力」として名を連ねている。


*当初の文面からは、修正されたようです。                  

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000126460.html

協力は中止

県少子化対策課は「対象者を年収で絞るのは人権に関わる話で不適切だ。また、男性が子ども目的でシングルマザーに近づくという可能性には考えが及ばず、認識が甘かった」と話した。「子どもを作らないといけない」などの記載も男女の自己決定権に反すると判断し、センターには「後援にはふさわしくない」と伝えたという。

https://mainichi.jp/articles/20230906/k00/00m/040/225000c

市に問い合わせした人には下記の回答がきた。

「御指摘のイベントについては、つくば市として、協力しないこととしました。」


ベビーファースト運動:

https://www.jaycee.or.jp/babyfirst/participating/130/

https://www.kids.pref.ibaraki.jp/kids/nursing05_04/xs=_Tx3VaubvyarO/


新聞やフジテレビでもこの問題について報道で取り上げ、その影響もあってか市役所担当課にも問い合わせが多くきて、対応に追われたようであった。
現在、FNNプライムオンラインでも視聴できるようになっているが、視聴数は9/23現在、10万回を超えている。1300を超えるコメントには驚くようなものが多数ある。

「こういう子育て支援があるという考え」に驚かされた」

と、評した友人がいた。本当にこれを子育て支援と考えて実施されたのだろうか?
今、リアルタイムで起きていることだけに色々なことを考えさせられた。
子育て支援ってなんだろう?

2023年9月8日金曜日

8月読書会(2023)での”1996〜2004”レポート

8月の読書会 8/26(土)

いつもの公共施設ではない”ブックカフェ”での読書会。しかもその日は、男女共同参画基本法制定の特別な時代のミニ報告会も予定していた。どうなるかな?と少しだけ心配な気持ちをよそにいつものように始まり、カフェのオーナーのおかげで実はとても面白かった。カフェを訪れていた学生さんが途中から参加するという意外性のある新しく楽しい読書会となった。 

<ミニ報告会>

 テキストを読む前に、ジェイさんとケイさんから、当時、男女共同参画社会実現を目指す啓発活動団体で経験されたことを話していただいた。エルさんが資料のスライドも用意していつもの読書会とは一味違う感じだった。
平成8年(1996)の「T市女性懇話会」設置から平成 16年(2004)「男女共同参画社会基本条例」がT市に制定される頃に経験されたことである。 

他市でのプレジェンダー平等活動>

ケイさんがT市に移る前に見てきたのは、プレジェンダー平等活動とでもいうべき時期のことであり、「他の人に働きかけていく前に、まずは自身のエンパワーメント」だったようだ。

その頃、ケイさんが住んでいた関西地方にある女性センター主催のエンパワーメント講座は多種多様でセンターの活動は自由活発だっだ。現在もT市にはない「女性センターと生涯学習センター」の二つのセンターがそこには存在していたことに皆、驚いた。その二つのセンターのそれぞれのありようは実際にはかなり違っていたようであるが、安心して集まれる場所があることが活動を左右することはあるだろうと思う。

その女性センターは文字通り、市民に開かれた施設だったようである。女性センターの執務室の中と外との仕切りは緩やかで市民が普通に執務室に入って行くことができる空間であり、事業運営も職員だけで全て決めて運営するのではなく、利用者(市民)が中心になって講座等の内容や運営の仕方も決めて進める自主企画・活動が主流だったようだ。「あっちでは市民は特に行政や職員をあてにすることなく自分たちでやっていくという雰囲気だった」とケイさんは語った。 

その後、T市に引っ越したケイさんは、男女共同参画の担当課を訪れ、以前住んでいた街と同じように職員のいる執務室に入ろうとしたら制止され、その違いに驚き戸惑ったと言う。この街は”役所”と市民という意識や壁は少し厚いのかもしれない。と思った。

<T市の男女共同参画社会基本条例の制定に向けて> 

 昭和 60(1985)年 「女子差別撤廃条約」批准、雇用機会均等法制定、そして平成 11(1999)年 「男女共同参画社会基本法」公布と国内でも大きな流れが起き、T市でも条例制定をと言う機運が高まっていた頃、ジェイさんは、市の担当課から出席を要請されて平成8(1996)年 市民による「つくば市女性懇話会」に出席した。参加していたのは市内で様々な分野で活躍しているすごい女性たちだった。そしてその集まりをきっかけに一つの「男女共同参画」を考えるグループとして活動が始まった。
そのグループでは、男女共同参画を推進するために「女子差別撤廃条約」をわかりやすく伝えることができるようにイラストをたくさん使った冊子をメンバーで研究しながら作成し、アジア女性資料センターの助成金も得て発行した。この冊子を使って啓発活動を行い参加者に配布していた。小学校にもこの冊子を持参して生徒たちに話をする活動も行ったり署名活動なども積極的に行ったという。その積極的なフットワークのいい活動に、驚かされた。

 しかし全て順調に活動が進んだだけではなく、当時、T市には男女共同参画に反対する論客やそのグループもあり、市主催の男女共同参画社会基本条例の説明会で出会うこともあったという。彼らグループの主張は、男女役割分業意識がたいへん強いものであったようだ。
そしてある説明会で反対するグループのメンバーが、机を叩いたり大声を出したりしていたので、ケイさんが「女は女らしくとおっしゃってますが、昔はああいう人は女らしいとは言わなかった」と発言したところ、「侮辱した!」と怒った彼女とその仲間に取り囲まれた。ジェイさんはその時の様子を「かなり危険だった」と。
「警察を呼んで」と大声で相手を牽制する傍ら言い返したりして退却しないケイさんを、皆で外に引っ張り出して、なんとか無事にすんだという。

 本当にそんなことが身近なところで起きていたんだという驚きとともにそういう時代を乗り越えて、この条例もでき現在につながっていることに感慨を深くした。 

*参考(男女共同参画条例・ジェンダー平等条例の各自治体状況) http://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/147_gender.htm